一期一会
独立してそろそろ5ヶ月が経ち、ちょっと大人ぶって経費の使いかたなんかを覚えました。
あいかわらず週の半分は行きも帰りも電車に揺られていますが、ふと
「今日は満員電車の気分じゃないな」
と思ったら奮発してタクシー通勤しちゃったり。
ちょっと前なら考えられない生活にも少しずつ慣れてきました。ありがたいことです。
タクシー通勤を始めた頃は「なんて便利な乗り物なんだろう」「パソコンも開けるし移動しながら仕事もできて最高だな」くらいにしか思っていませんでしたが、数を経るとなかなかこれが面白い。
満員電車で壁の広告とにらめっこしているだけじゃ得られない、経験や出会いが散りばめられていることに気がついてきました。
渋谷のタクシー運転手 Aさん
今日がまさにそんな日でした。
早朝で人の混み合う渋谷から、恵比寿のガーデンプレイスまでタクシーを一台。およそ10分ほどの乗車です。
桜丘町のあたりを過ぎながら、
「再開発の勢いがすごいですねー」
「まだまだビルが立つみたいですよ。お客さんは東京の方?」
「いえ、地方の出身で去年来たばかりです」
「あらそうですか。実は私も地方の出で、数十年前に上京してきたときはこの辺なんて何もなかったんですよ」
「運転手さん、ご出身はどちらなんですか?」
「鹿児島県の大隅ってところです」
「え!?僕のばあちゃんも鹿児島ですよ!」
なんてところから話が弾み、気づけば10分間ずっとローカルトークで大盛り上がり。
「ぼくのところはド田舎で映画館もファストフードもなかったから、鹿児島市内に行く時は『お土産にケンタッキー買ってきてね』なんて頼まれたんですよ」
なんて楽しそうに話してくれるものだから、こちらもつられてほっこりした気分になりました。
そのうちぼくの仕事の話になり、
運転手さんのお子さんも専門学校でITの道を目指して勉強してる話になり、
お子さんが進路で悩んでる話になり、
業界の話や転職の話になり、
話題が一向に尽きません。
ですがタクシーの旅はいずれ終わるもの。
清算を終えてタクシーの扉が閉まる瞬間まで、最高のホスピタリティでもてなしてくれた運転手さんのことが忘れられません。
「良い一日を!」
で素敵な朝を彩ってくれてありがとう。
新宿のタクシー運転手 Bさん
恵比寿で用事を終えたら次の目的地は西新宿。予定はやや遅れ気味。電車ではギリギリ間に合わない微妙なタイミング。
「さすがに同じ朝に2回は、、、」
なんて罪悪感が頭をよぎりましたが、背に腹は変えられないため本日2度めの乗車。所要時間は約20分ほどです。
はじめの5分ほどはまったく会話もなく、
「あー今回はこういうタイプか。静かなのも悪くないな」
と思っていました。
そのまま外苑西通りを抜けて千駄ヶ谷のあたりに差し掛かったころ、ふと右手に見えたのは絶賛施工中のオリンピックスタジアム。
「もうかなりできてきましたねー」
とぼくが口を開いたら、
「オリンピック楽しみですね」
「運転手さんは何かチケット当たりましたか?」
「それがラグビーの準決勝が当たったんですよ!いやー、ぼくはラグビーが大好きなんですごく嬉しかったです」
「ぼくはラグビーは詳しくないんですが、アメフトは大好きです」
「!?ラグビーは大好きですが、アメフトは大大好きです!」
なんて具合にあれよあれよと会話が弾み、今回も車内は大盛り上がり。
まさか朝8時の車中でピッツバーグ・スティーラーズの話ができるとは予想だにできませんでした。
それからの話の内容は、
運転手さんの小中学校時代にアメフトブームがあったこと、
砂利だらけのグラウンドで擦り傷まみれでタッチフットに熱中したこと、
往年の名選手の話、
お互いの学生生活の話、
お互いの仕事の話。
タクシーの車内の不思議な空気がそうさせるんでしょうか?
思い返せばあんな短い間によくもまぁこれだけのキャッチボールができるものだなと我ながら感心します。
話の流れでぼくが独立して個人事業主としてやっている事を伝えたら、その運転手さんは自分も20年ほど小さな輸入会社をやっていたんだと教えてくれました。
世界中を飛び回っていた話をしてくれる顔、
「大企業にはできないマーケット開拓をしたんだ」と自慢げに話してくれる顔、
やがて事業がうまくいかなくなって会社を解散しなくてはいけなかったと話してくれる顔、
スタッフに心ばかりの退職金しか払えなかったと話してくれる顔、
当時の仕事の紹介でたまたま取得した二種免許が役に立って、今は第二の人生を楽しんでいるんだと話してくれる顔。
どれもこれも、彼にしかできない顔でした。
「人の数だけ物語がある」
と、口で言うのは簡単です。
鹿児島の話をしてくれた彼。
アメフトや事業の話をしてくれた彼。
新卒で入った外資の会社が潰れて、不器用ながらも家族のためにこの春から運転手デビューしたと教えてくれた彼。
下北沢が大好きだからと地元の人しか知らないお店をたくさん教えてくれた彼。
ぼくの話し方や声のひびきが魅力的だと話してくれた彼。
人の数だけある物語の魅力をぼくに教えてくれたのは、コンクリートジャングルで必死に生きるそんな運転手さんたちでした。
目的地に到着し、ドアが閉まる去り際に彼はこう言いました。
「良い人生を」
と。
世界で一番他者に無関心なこの街で、世界で一番贅沢な時間が買えるなら、意外とタクシー通勤も悪くないかも。
お財布がちょっと豊かになると、心のゆとりができる。
心のゆとりができると、いつもより多くの人と触れ合える。
人と触れ合う機会が増えるなら、ぼくもちょっとだけ人に優しくなれるのかな、なんてことを考える梅雨の日の朝でした。